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岡山県倉敷市「蟲文庫」

倉敷の蟲文庫

岡山県倉敷市、美観地区の外れに古書店「蟲文庫」はある。

広さは10坪に満たない。

そこに、思想、宗教、美術、歴史、文学、社会、心理などの本が整然と並べられている。
他店では見かけないようなCDや店主が趣味とする苔関連の土産物もある。店の広さを思うと想像しづらいが、時には音楽イベントや展覧会も開催するという。

店主は田中美穂さん。
21歳の時に「そうだ、古本屋になろう」と思い立ち、蟲文庫を開いた。

現在地に移転したのが、2000年。開店からは既に四半世紀以上が経つ。

古本屋をはじめる経緯やその後の人々との交流などは、田中さんの著書「私の小さな古本屋」(筑摩書房)に詳しい。
南方熊楠の「縁と縁の錯雑するところに事象が生じる」との言葉が同書に引用されているが、店を維持しようと努力工夫を重ねる中で、知り合いが知り合いを呼んで繋がっていく。

帳場から見た狭い範囲の日常の意外な奥行に引き込まれる、そんな本だ。

はじめての蟲文庫訪問

ずっと気になっている店だった。

今から20年くらい前になるだろうか。若いがゆえに視野狭窄に陥っていた私は、将来に対して暗澹たる思いを抱いていた。文章を書くのは好きだったが、それで暮らしていけるわけもなく、職に就ける見通しもなかった。

そんな時、TV番組を見るともなく見ていると、田中さんがインタヴューを受けていた。おそらく倉敷美観地区に移転してきた頃ではないかと思う。若い女性が好きなことをやって生きていく姿に、ただただ憧れた。

その後なかなか倉敷を訪れる機会はなかった。ようやく蟲文庫に行くことができたのは今年になってからだ。

20年間潰れずにいたんだと思うと、何だか自分のことのように嬉しかった。

その日は期待に胸を躍らせて、開店時間に蟲文庫を訪れた。しかし、店は開く気配がない。入口に開店が少し遅れる旨の貼り紙があったので、美観地区をぶらぶらと周回して時間を潰したが、やはり開かない。

仕事の合間を縫っての訪問だったため、もう一度美観地区を一周して、それでも開店していなかったら、諦めるつもりでゆっくり歩いて店に戻ると、のれんが出ていた。

店内に入ると、お馴染みの古本の匂い。

じっくりと本を見たかったが、時間がない。文庫版の「わたしの小さな古本屋」を購入する際に、店主と二言三言話すことしかできなかった。

聞けば、開店が遅れたのは骨折のため、「なかなか前に進めなかった」のが理由だという。なんだか、その言葉が、店自体の歩みのことを言っているような気がして、可笑しかった。

蟲文庫再び

それから、1週間も経たないうちに蟲文庫を再訪する機会を得た。店主も覚えていてくれたようで、荷物を帳場の横に置いて良いという。お陰で今度はじっくりと店内の本を眺めることができた。

古本屋の仕入れには、古書組合の市場での売買とお客の持ち込みがあるが、蟲文庫は組合未加入とのこと。そういった意味では、蟲文庫に本を売った読書子が売り場を作ったとも言えるわけで、本棚を物色するのは会ったこともない人達と会話をするようで楽しかった。

何冊か選び、店主に渡すと、突然破顔して「この本は安くします」という。
ユリイカの1973年8月号で「文学の時間」特集だった。
理由を聞けば、開店の際に最初に陳列した本の一冊がこの本で、目印に紙片を挟んでいたのだという。

今となっては、店主自身もどの本が最初に陳列にしたものなのか、わからないようだ。
古本屋の商品がどの程度のサイクルで売れていくのかわからないが、四半世紀も売れない本があっても経営的には大丈夫なのだろうか。
そういえば、店主の笑みはどこか呆れているようにも見えた。

最後に最古参の証である紙片をねだって、店を出た。

また、再訪したい古本屋である。

【蟲文庫】〒710-0054 岡山県倉敷市本町11-20
営業時間:11時頃~19時頃(Webサイトトップの予定表にておしらせ)
休業日:不定休(予定をホームの《今後の休業と営業時間変更の予定》に表示します)
電話/FAX:086-425-8693 ホームページ:https://mushi-bunko.com

 

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