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ジェイン・オースティン「高慢と偏見」書評

作者ジェイン・オースティン

ジェイン・オースティンは没後200年を経過しても、新たな読者を獲得し続けている。「ノーサンガー・アビー」、「分別と多感」、「高慢と偏見」、「エマ」、「マンスフィールド・パーク」、「説得」の6作品はたびたび映像化されており、それらを通じて彼女の作品を知ったという人も少なからずいることだろう。

女性の結婚が簡単ではなかった世情の中で、ジェイン・オースティンは結婚を通底するテーマとして、個性豊かな人物達が登場する作品を描いた。彼女自身、スティーヴントン、バース、サウサンプトン、チョートン、ウィンチェスター等国内の狭い範囲での生活に終始したが、各作品においても限られた地域がその舞台になっている。

古典的傑作「高慢と偏見」

「高慢と偏見」はジェイン・オースティンの代表作である。大島一彦氏は著書の中で、本作品のことを次のように称賛している。

無駄のない、均斉のとれた作品構成、淀みのない、軽快な話の運び、登場人物の輪郭鮮やかな性格造形、甘ったるい感傷を一切排除した鋭い人間観察、人物の言動に対する良識に富んだ道徳的判断、余計な装飾のない、知性に裏打ちされた硬質な文体、皮肉と諷刺と機智を遺憾なく発揮した諧謔精神の発露、そして全篇に行渡った潑溂たる才気と快活で気品のある喜劇的佇まい――いかにも古典的傑作の名に恥じない出来映えである。

大島一彦著(1997年)「ジェイン・オースティン『世界一平凡な大作家』の肖像」中央公論社169頁

本作品には5人姉妹が登場する。物語の中心となるのはベネット家の次女エリザベスで、自らの偏見によって、ミスタ・ダーシーを高慢な人物だと捉えて嫌悪を覚えていたが、それは誤解であり、自身こそが高慢であったことに気づく。
「高慢と偏見」は書き出し部分が秀逸で、その後の展開を直截に表現しているので、以下に引用してみたい。

独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。そういう青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持ちだとか考え方などにはおかまいなく、周辺の家のひとびとの心にしっかりと焼きついているのはこの真実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのものになると考える

ジェイン・オースティン著 小尾芙佐訳(2011年)「高慢と偏見」光文社7頁

読んでわかる通り、これから転居してくるお金持ちの若い男性を取り巻く結婚話が展開
されることを誰しも予想できる。ただ、この「世間の認める真実」とは、年頃の娘を持つ親にとっての真実であり、単なる淡い期待に過ぎない。この時点では当人の意志は欠落しており、配慮される様子もない。

ただ、結局のところエリザベスとダーシーは当初こそ、互いの高慢により反撥をするが、やがて知性により相手の価値を正しく認め、自分たちの意志で惹かれあうようになる。このことを際立たせているのが、コリンズとシャーロット・ルーカスの結婚である。

コリンズはエリザベスに結婚の申し込みを断られると、二日もしないうちに、脈がありそうなシャーロットに結婚を申し込む。シャーロットはコリンズとエリザベスとの顛末を知りながら、求婚に応じるのである。それまで聡明な女性として尊敬していたシャーロットが卑屈なコリンズと結婚しようすることにエリザベスはショックを受け、シャーロットとの間に「もう二度と本物の信頼関係は生まれない」 と確信する。つまり、作品冒頭で示された「世間の認める真実」の影響のもと結婚するシャーロットの姿を見て、エリザベスはより自己を認識するようになったのである。

他にも「高慢と偏見」には、洞察力に乏しく、世間が狭く、すぐに逆上するたちで、ちょっとでも気に入らないことがあると神経がボロボロになったと言い出すミセス・ベネットのように周りにこういう人がいるといって思わず頷いてしまいそうな人物が多く登場する。その写実性は、他のオースティン作品と比較しても際立っており、評価が高い一因になっている。他に、いずれの登場人物も本書のタイトルである「高慢と偏見」の両方の素質を備えており、これが相互の誤解を生むなど、物語の展開を複層的にしている点も本作を傑作たらしめている要因だろう。

「高慢と偏見」は女性の成長を描いており、当時の世情への反撥は読み取れるものの、取り立てて、大規模な事件や内面の葛藤というようなものが前面に出てくるようなことはない。

オースティンに関して、同時代を代表する作家であるサー・ウォルター・スコットは「この若い女性作家には、平凡な日常生活を送る人たちの人間関係や、感情や、性格を描く優れた才能がある。これほど素晴らしい才能にあったのははじめてだ」 との賛辞を述べている。

オースティン自身、田舎の三、四軒の家庭が作品を描くのに一番いいとしており、高尚な牧師像を描くように頼まれた際にも自身の教養の無さを名目に断っている。
つまり、オースティンの最大の特徴は、解っていたことはっきりとわかっていたし、解らないことはただ解らないとしたことにある。

ジェイン・オースティンの特徴

ジェイン・オースティンが小説を執筆した18世紀後半から19世紀初頭は、フランス革命の影響で、革命思想と君主制を維持しようとする反革命思想が各地で衝突を繰り返し、その後、成立したナポレオン政権がヨーロッパを混乱に陥れていた時代である。

こうした時代背景を鑑みる時、ジェイン・オースティンの作品に対する芸術的な厳しさや、自分の領分をわきまえているがゆえに、作品に当時のきな臭い状況が盛り込まれていないという点で、その特徴はさらに際立つものと考えられるのである。

【参考文献】
アイヴァ・エヴァンズ著 朱牟田夏雄 他 訳(1998年)小英文学史(改訂増補第4版)北星堂書店
大島一彦著(1997年)「ジェイン・オースティン『世界一平凡な大作家』の肖像」中央公論社
樋口欣三著(1984年)「ジェーン・オースティンの文学」英宝社
塩谷清人著(1996年)「ジェイン・オースティンの手紙」学習院大学文学部研究年報42号143頁~158頁
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